取締役の役員退職慰労金に関する法的問題点
取締役が退任したとき、会社側からは退職慰労金を支払う必要があるのか、役員側からは会社に対して退職慰労金の支払いを請求できないのか相談されることが多くあります。
本稿では、役員退職慰労金に関する法的問題点について説明していきます。
【目次】
役員退職慰労金に関する会社法の定め
会社法361条1項は、「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」(以下、「報酬等」といいます。)については、金額や算定方法等を定款または株主総会決議によって定めることを規定しています。
退職慰労金も、在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、会社法361条の報酬等に該当します(最高裁昭和39年12月11日第二小法廷判決)。
したがって、取締役に退職慰労金を支払う場合には、報酬等を定款または株主総会の決議で定める必要があり、定めなかった場合には、仮に取締役が就任時に会社と退職慰労金を支払うという特約を結んでいたり、会社内に役員退職慰労金の支給に関する内規が存在していたりしたとしても、退任した取締役は、会社に対して、退職慰労金を請求することができません(最高裁昭和56年5月11日第二小法廷判決、最高裁平成15年2月21日第二小法廷判決)。
使用人兼務取締役の使用人としての退職慰労金分について
最高裁昭和60年3月26日第三小法廷判決は、使用人兼務取締役について、使用人として受ける給与の体系が明確に確立されている場合においては、別に使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみを株主総会で決議することとしても、取締役として実質的な意味における報酬が過多でないかどうかについて株主総会がその監視機能を十分に果たせなくなるとは考えられないから、取締役として受ける報酬部分についてのみ株主総会の決議をすることは違法ではない旨判示しています。
退任取締役が従業員の地位を兼任していて、取締役の辞任と同時に退職により従業員としての地位をも失う場合には、別に従業員に対する退職慰労金の支給規定があって、その支給規定に基づいて支給されるべき従業員としての退職慰労金部分が明白であれば、使用人としての退職慰労金部分は、労働関係の対価として支払われるものであるから、株主総会の決議がなくても請求できることになります(大阪高裁昭和53年8月31日判決)。
取締役会への退職慰労金額決定の委任について
株主総会で退職慰労金の額を決議するとなると、取締役に支払われる額が株主に分かってしまうため、多くの会社では、株主総会では、退任取締役に対して一定の支給基準に従って退職慰労金を支給し、具体的な金額・支払時期・支払方法については取締役会に一任するという決議を行っております。
最高裁は、株主総会の決議により、報酬等の金額などの決定をすべて無条件に取締役会に委任することは許されないとしつつも、株主総会の決議において、明示的もしくは黙示的に、その支給に関する基準を示し、具体的な金額、支払期日、支払方法などはこの基準によって定めるべきものとして、その決定を取締役会に一任することは許されるとしています(昭和39年12月11日第二小法廷判決、最高裁昭和44年10月28日第三小法廷判決、最高裁昭和48年11月26日第二小法廷判決)。
このような最高裁判例は、株主総会の決議で退職慰労金の上限を定めていなくても有効となる点など、通常の報酬等に比べて緩い面があり、批判する見解もあります。退職慰労金の支給を適法とするには、実務的には、役員退職慰労金の支給に関する内規が明確かつ合理的な基準に基づくものであり、この基準について株主が取締役会の議事録を閲覧することにより推知可能であり、株主総会では一定の基準が存在すること及び取締役会の決定には制約が課されていることが明示された上で取締役会への一任決議がなされていることが必要です。
そして、取締役会への一任決議がある場合に、退任取締役から会社に対し役員退職慰労金の支払請求権が発生するか否かについては、役員退職慰労金の支給に関する内規(役員退職慰労金規定)の内容によります。役員退職慰労金規定に、減額・不支給規定がある場合には、自動的に退職慰労金額が定まらないため、取締役会決議がない限り、役員退職慰労金の支払請求権は発生しません。他方、減額・不支給規定がなく、自動的に退職慰労金額が算出できるような退職慰労金規定である場合には、取締役会決議がなくても、役員退職慰労金規定が定める時期に役員退職慰労金の支払請求権が発生することになります。なお、減額・不支給規定がなく、退職慰労金の基本金額と功労加算金額が区別して存在し、功労加算金額部分のみを取締役会の決議で定めるという役員退職慰労金規定の場合には、基本金額部分について役員退職慰労金の支払請求権が発生するのではないかという議論があり得ます。このように役員退職慰労金規定の内容如何によっては、退任取締役からの退職慰労金支払請求を拒むことができなくなりますので、役員退職慰労金規定の作成には注意が必要です。
東京高裁平成9年12月4日判決は、株主総会が、「金額、支給期日、支給方法を取締役に一任する」との決議をしたとしても、その決議は、退職金規定及び慣例となっている一定の支給基準によって支給すべき趣旨であると解するのが相当であって、取締役会が取締役の在職期間中に会社に与えた損害を考慮して退職金を減給したのは正当な理由のないものであり、株主総会決議は、この減給理由の認定及び減給額の決定まで取締役会の裁量に一任したものではなく、損害額を控除した決議部分は効力を生じないと判断しております。
一度発生した退職慰労金支払請求権の変更について
定款または株主総会の決議によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約の内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するので、その後株主総会がその報酬を無報酬と変更する旨の決議をしたとしても、その退任取締役がこれに同意しない限り、役員退職慰労金の支払請求権が失われるものではありません(最高裁平成4年12月18日第二小法廷判決、最高裁平成22年3月16日判決)。無報酬への変更だけではなく、減額の場合も同様です。
ただし、取締役の報酬が取締役の役職毎に定められており、任期中に役職の変更が生じた取締役に対して、当然に変更後の役職について定められた報酬額が支払われているような場合、こうした取締役の定め方及び慣行を了知した上で取締役就任に応じた者は、明示の意思表示がなくとも、任期中の役職の変更に伴う取締役報酬の変動、場合によっては減額をも甘受することを黙示のうちに応諾したものとみるべきであるから、会社は、このような合意に基づいて一方的に、当該取締役の役職の変更を理由とした報酬減額の措置をとることができると解するのが相当であるとする裁判例があります(東京地裁平成2年4月20日判決)。
定款または株主総会の決議がなくても退職慰労金の支給が可能となる場合
定款または株主総会の決議で報酬等を定めなかった場合には、退職慰労金を支給することはできず、仮に支給したとしても、会社は、支給した退任取締役に対し、支給した退職慰労金を不当利得として返還請求できます。
しかし、現実には、同族会社など株主総会を開催したことがほとんどないような会社の場合であっても、退職慰労金が支給される場合があり、これを適法とする裁判例や、株主総会の決議がなくても退任取締役による退職慰労金の支払請求が認容される裁判例もあります。
その根拠として多いのが、株主全員の同意がある場合と信義則によって認められる場合です。
定款または株主総会の決議で報酬等を定めなかった場合でも、全株主の同意があった場合には、退職慰労金の支給は有効となります(最高裁平成15年2月21日第二小法廷判決参照)。
実質的な株主全員の同意があるとして、役員退職慰労金の支給を適法とする裁判例があります(大阪高裁平成元年12月21日判決、東京高裁平成7年5月25日判決、東京高裁平成30年6月28日判決)。
また、株主総会が開催されず、株主総会決議があったかのような株主総会議事録が作成され表面的には適法な手続がされたように整えられていて、株主から異議が出されたことがなかった会社において、実質的に株主の利益が害されないなどの特段の事情が認められる場合に、会社は退職金の支払いを拒むことは信義則上許されないとして、信義則に基づき退職慰労金の支払請求権が認容された裁判例もあります(東京高裁平成15年2月24日判決)。
さらに、最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決は、株主総会の決議なく退職慰労金を支給した場合には、退職慰労金請求権が発生しておらず、不当利得になることは否定しがたいとしつつ、従前から退任取締役に対する退職慰労金は、事前に株主総会の決議を経ることなく支給されており、発行済株式総数の99%以上を保有する代表者が決済することで株主総会の決議に代えてきたこと、退職慰労金の返還を求めたのが支給後1年近く経過した後であったことから、退任取締役が退職慰労金の送金が代表者の決裁を経たものと信じたとしても無理からぬものであり、退職慰労金を不支給とすべき合理的な理由があるなど特段の事情がない限り、退職慰労金の返還を請求することは、信義則に反し、権利の濫用として許されないと判示しました。
定款または株主総会の決議がなくても、退職慰労金の支給が認められるケースもあるので、個別具体的な事情の検討が必要です。
退職慰労金を支給しないことによる損害賠償請求について
株主総会において取締役の退職慰労金を取締役会に一任する旨の決議がなされた場合、退職慰労金支払請求権は、その金額を決定する取締役会の決議があってはじめて発生します。しかし、一定の支給基準が存在して、その基準に従って定める趣旨で株主総会において取締役会に一任する旨の決議がなされたにもかかわらず、取締役会においてそれに反する決議をした場合には、決議をした取締役らは、退職慰労金を受給できる退任取締役に対して不法行為責任を負うことになります(東京地裁平成10年2月10日判決)。
取締役は、株主総会の委任の趣旨に従い、速やかに取締役会等で所定の基準に従って退職慰労金の支給決定をする義務を会社に対して負っていると解されており、取締役がこれを放置している場合や所定の基準を無視して減額・不支給決定をした場合には、善管注意義務違反(民法644条)ないし忠実義務違反(会社法355条)となります。
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うため(会社法350条)、退任取締役が得られなかった退職慰労金について、損害賠償をしなければならない可能性があります。また、取締役はその職務を行うにつき悪意または重過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負い(会社法429条1項)、一般不法行為責任(民法709条)も負うため、取締役個人も退任取締役に対して退任取締役が得られなかった退職慰労金について、損害賠償をしなければならない可能性があります。東京地裁平成6年12月20日判決は、取締役個人に対しても損害賠償責任を認めています。