特別支配株主の株式等売渡請求と株式売買価格決定申立
特別支配株主の株式等売渡請求の概要
対象会社の総株主の議決権の10分の9(これを上回る割合を定款で定めた場合にはその割合)以上を有する特別支配株主は、他の株主に対して、その有する対象会社の株式の全部を特別支配株主に売り渡すよう請求することができます(会社法179条1項)。
この特別支配株主は、会社だけではなく、会社以外の法人や自然人もなることができますが、1人または1社に限られます。特別支配株主の株式等売渡請求が、機動的に単独株主となることができるための制度だからです。ただし、特別支配株主に該当するかどうかの判定となる議決権保有割合の要件は、単独で対象会社の総株主の議決権の10分の9以上を有している場合だけではなく、その者が持分の全部を有する法人と合算して議決権の10分の9以上を有している場合も含まれます(会社法179条1項、会社法施行規則33条の4)。
特別支配株主が株式等売渡請求をするときは、併せて、新株予約権の全部も売渡請求することができ、新株予約権付社債に付された新株予約権の売渡請求をするときには、併せて、社債部分の全部の売渡請求もしなければなりません(会社法179条2項3項)。
他の手続きとの関係
特別支配株主の株式等売渡請求は、少数株主を、その同意を得ることなく締め出す方法(キャッシュ・アウト、スクイーズアウトとも呼ばれます)の一つとして利用されています。キャッシュ・アウトとしてよく利用されるのが株式の併合(会社法180条)ですが、株式の併合は、対象会社の株主総会の決議が必要である一方で、特別支配株主の株式等売渡請求は対象会社の株主総会の決議が不要であるという特徴があります。
また、キャッシュ・アウトの方法として、全部取得条項付種類株式(会社法108条1項7号)の全部取得(171条)によって行うこともでき、平成26年会社法改正前は多く利用されていました。
さらに、株式交換(会社法767条)によってもキャッシュ・アウトをすることができます。特に対象会社の総株主の議決権の10分の9(これを上回る割合を定款で定めた場合にはその割合)以上を有している特別支配会社の場合には、株主総会の特別決議を経る必要がなく、特別支配株主の株式等売渡請求と同様に簡便な手続でキャッシュ・アウトを実現できます(会社法784条1項)。ただし、株式交換の場合には、買収者が株式会社または合同会社でなければならず(会社法767条)、それ以外の法人や自然人は株式交換を行うことができないという違いがあります。
以上から、特別支配株主の株式等売渡請求は、これを利用しなくても他の方法によってキャッシュ・アウトは実現可能ですが、特に対象会社の総株主の議決権の10分の9を有している場合に、特に簡便な手続で機動的にキャッシュ・アウトを行うことができる制度であるということができます。
特別支配株主の株式等売渡請求の手続き
(1) 対象会社への通知及び対象会社の承認
特別支配株主が株式等売渡請求をするには、まず、特別支配株主が、売渡株主に対して売渡株式の対価として交付する金銭の額、取得日その他の事項を決めた上で、対象会社に対し、株式等売渡請求をする旨及び当該事項を通知し、対象会社の承認を得る必要があります(会社法179条の2、会社法施行規則33条の5、会社法179条の3第1項)。
対象会社が取締役会設置会社の場合に、対象会社の承認は取締役会の決議が必要です(会社法179条の3第3項)。対象会社の取締役は、売渡株主等の利益を確保するため、対価の相当性、対価交付の見込み、取引条件の相当性等を考慮して、株式等売渡請求を承認するか否かを判断し、適正でないのに承認したため、売渡株式等の損害を与えた場合には、対象会社に対する善管注意義務(民法644条)、忠実義務(会社法355条)違反を理由として、売渡株式等に対する損害賠償責任を負う可能性があります(会社法429条1項)。
対象会社は、この承認をするか否かの決定をしたときは、特別支配株主に対し、当該決定の内容を通知しなければなりません(会社法179条の3第4項)。
(2) 売渡株主等への通知
次に、対象会社が株式等売渡請求を承認したときは、対象会社は、取得日の20日前までに、売渡株主等(売渡株主及び売渡新株予約権者)に対し、株式等売渡請求を承認した旨、特別支配株主の氏名または名称及び住所、売渡株主に対して売渡株式の対価として交付する金銭の額、取得日その他の事項を通知しなければなりません(会社法179条の4第1項)。売渡株主に対しては、売買価格決定の申立ての機会を与える必要などから、必ず通知をしなければなりませんが、売渡株主以外に対しては、公告をもって通知に代えることができます(会社法179条の4第2項)。
この通知または公告によって、特別支配株主から売渡株主等に対して、株式等売渡請求がされたものとみなされます(会社法179条の4第3項)。
そして、この通知または公告の日から、対象会社が公開会社の場合には取得日後6か月を経過する日まで、対象会社が公開会社でない場合には取得日後1年を経過する日まで、特別支配株主の氏名または名称及び住所等、特別支配株主の株式等売渡請求に関する事項を記載した書面を本店に備え置き、売渡株主等の閲覧等に供さなければなりません(会社法179条の5)。
(3) 株式等売渡請求の撤回
特別支配株主は、対象会社の承認後、取得日の前日までに、対象会社の承諾を得て、売渡株式等の全部について、株式等売渡請求を撤回することができます(会社法179条の6第1項)。
この対象会社の承諾について、対象会社が取締役会設置会社である場合には、取締役会の決議が必要です(会社法179条の6第2項)。
対象会社が、撤回の承諾をするか否かの決定したときは、特別支配株主に対し、決定の内容を通知する必要があり、撤回の承諾をしたときは、売渡株主等に対し、承諾した旨を通知する必要があります(会社法179条の6第3項4項)。
(4) 売渡株式等の取得
特別支配株主は、取得日に、売渡株式等の全部を取得することになります(会社法179条の9第1項)。
この売渡株式等が譲渡制限付のものであったとしても、対象会社の譲渡承認があったものとみなされます(会社法179条の9第2項)。
(5) 売渡株式等の取得に関する書面等の備置き及び閲覧
対象会社は、取得日後遅滞なく、株式等売渡請求に係る売渡株式等の取得に関する事項を記載した書面を本店に備え置き、売渡株主等の閲覧等に供さなければなりません(会社法179条の10)。
売渡株主等による差止請求
売渡株主や売渡新株予約権者は、法令に違反する場合や対価として交付する金銭の額が著しく不当である場合には、特別支配株主に対し、株式等売渡請求による取得をやめるように請求することができます(会社法179条の7)。
売渡株式等の取得の無効の訴え
株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部の取得の無効は、取得日から6か月以内(非公開会社の場合には1年以内)に、訴えをもってのみ主張することができます(会社法846条2の2第1項)。
この売渡株式等の取得の無効の訴えは、特別支配株主を被告として(会社法846条の3)、対象会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属することになります(会社法846条の4)。
裁判所は、被告の申立てにより、対象会社の取締役、監査役、執行役または清算人以外の売渡株主に対し、訴え提起が悪意によるものであることを疎明して、相当の担保を立てるべきことを命ずることができます(会社法846条の5)。
売渡株式等の取得の無効の訴えが同時に複数係属したときは、必ず併合して審理されることなり(会社法846条の6)、無効の判決が確定したときは、第三者に対しても効力を有し(会社法846条の7)、売渡株式等の全部の取得は、将来に向かって効力が失われます(会社法846条の8)。
また、原告が敗訴した場合には、原告に悪意または重過失があったときは、被告に対して、連帯して損害賠償責任を負います(会社法846条の9)。
売買価格の決定の申立て
売渡株主等は、取得日の20日前から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法179条の8第1項)。
ただし、最高裁平成29年8月30日第二小法廷決定は、売渡株主への通知または公告がされた後に売渡株式を譲り受けた者は、売買価格決定の申立てをすることができないと判示しております。
売買価格決定申立事件は、非訟事件手続法が定める非訟事件となります。管轄は、対象会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所となり(会社法868条3項)、これは合意管轄(民事訴訟法11条)によって変更できない専属管轄とされています。
また、特別支配株主は、非訟事件手続法21条1項の「裁判を受ける者となるべき者」として、利害関係参加が許され、申立人である売渡株主等の裁判の相手方は、特別支配株主になります。他方、対象会社は、利害関係参加をすることはできず、裁判の相手方とはなりません。
このように売買価格決定申立事件の当事者は、売渡株主等と特別支配株主になりますが、裁判は対象会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所のみでしか行うことができず、対象会社の本店の所在地の場所によっては、非常に不便な裁判所で行わざるを得なくなります。東京地方裁判所の商事部(民事第8部)では、専門委員2名が関与して裁判が進められるなど効率的な裁判が行われますが、その他の地方裁判所では、株式の価格決定事件を行ったことがほとんどない場合も少なくなく、裁判の当事者としてはこれに注意しながら行っていく必要があります。
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